はじめに
シリカ(SiO₂)は、塗料分野において重要な機能性添加剤の一つです。透明性、硬度、分散安定性の一般の物性制御に加えて、塗料独自の性能であります艶消し制御、チキソトロピー性制御に欠かせない素材となります。更に、水系・溶剤系・UV硬化型など、あらゆるタイプの塗料にシリカは用いられています。

艶消し制御
塗料の艶消し(マット性)制御は、塗膜表面の光の反射特性を調整することで行います。
艶(グロス)は、塗膜表面の光の鏡面反射の度合いに対応しています。艶を落とすには、表面に微細な凹凸(粗さ)をつくり、光を乱反射させることで「マット」な外観に見せることができます。
塗料に艶消しがない状態(グロス)な状態のままだと、光が反射して眩しくて仕方がありません。
微粉末のシリカを加えることで、光が散乱され艶を抑えることができ、このように艶が消されている状態を(マット)な状態といいます。

Fig1. シリカによる塗料の艶消しのイメージ
Fig2にグロスとマットの状態を示します。

Fig2. マット(Matt)とグロス(Gloss)の状態
Fig3は、顕微鏡でシリカを添加した塗膜を観察した写真です。
ミクロンサイズの凹凸が形成されているのが確認できます。

Fig3. 顕微鏡によるシリカを添加した塗膜の写真
艶消しの度合は、艶の度合いによって、艶消し、3分艶 、5分艶 、7分艶 、艶ありの5段階があり、シリカの添加量によりコントロールすることができます。

Fig4.艶消しの度合い1)
艶消しは、シリカのような艶消し剤の添加の他に、塗料に使用する樹脂のコントロール、ポリマー粒子の添加、塗装条件の制御などがあります。
Table1.艶消しの主な手法と材料

艶消しにシリカ(SiO₂)を使用する利点は、機能性・加工性・仕上がり品質の面など、多くの優位性があります。Table2に主な利点を示します。
Table2.シリカを艶消し剤に使う主な利点

シリカは、単なる「艶消し剤」ではなく、「塗膜性能を多角的に向上させる機能性添加剤」として高く評価されています。粒径・形状・表面処理を調整することで、仕上がりの質感・性能を自在に設計できるのが最大の強みです。
このように、シリカは塗料の艶消し剤として多くの優位性があります。艶消しに使用されるシリカは、沈降性シリカ、フュームドシリカ、微粉末シリカゲルなどの合成シリカ、およびこれらに表面処理を行ったタイプがあります。
沈降性シリカ、フュームドシリカ、微粉末シリカゲル(シリカゲル)の詳細につきましては、各解説記事をご覧ください。
Table3.艶消し剤用のシリカの特徴

また、艶消し度合は、次のような方法で評価します。
60度光沢度2)
60度光沢度法(60° Gloss Meter Method)は、塗膜や表面の光沢(グロス)を数値で評価する標準的な測定方法です。JISやISO規格に基づき、塗料・プラスチック・紙などの表面品質評価に広く使われています。
60度入射角で光を表面に照射し、鏡面反射光の強さを検出して、測定値は「光沢度(Gloss Unit, GU)」で表示され、黒色ガラス板(標準板)を100GUとした相対評価として表します。
表面がなめらかで光沢があるほど高い数値になり、光沢値が≧ 85 高光沢(グロス)、40~85中光沢(セミグロス)10~40半艶・3分艶、<10全艶消し(マット)となります。
表面粗さ3)
微視的な凹凸を定量化する方法で、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いるのが一般的ですが、走査型プローブ顕微鏡の一種の原子間力顕微鏡(AFM)用いられる場合があります。
透過率3)、ヘイズ(Haze)3)値
透過率(Total Transmittance)とヘイズ値(Haze)は、透明な塗膜やフィルム、樹脂などの光学的な透明性やにごりの程度を数値化する評価指標です。艶消し塗料やハードコート材、光学フィルムの性能評価に用いられます。
透過率(Total Transmittance)
試料を通過するすべての光(直進光+散乱光)の割合で、測定単位は%で100%に近いほどよく光を通します。フィルム、透明塗膜、ガラスなどの透明性の高さに用いられます。
ヘイズ(Haze)
試料を通過した光のうち、散乱して進行方向がずれた光の割合で、測定単位は%で高いほど「白くにごって」見えることになります。透明材料のくもり感、曇り、にごりの程度の評価に用いられます。
チキソトロピー
チキソトロピー(チクソトロピー)性とは、日本語では揺変性(ようへんせい)といいます。
せん断力をかけない状態では粘度が高く一見固体のように見えるのに、かき混ぜたり振ったりするなどのせん断応力を与え続けると粘度が低下して液状になり、応力を除くと徐々に粘度が回復して元に戻るという性質です。

Fig5.せん断力と粘度の関係の流動性曲線(レオグラム)
塗料は、かき混ぜて塗るときには粘度が低くて作業性が良好で、壁に塗った後はすぐに粘度が上がって下に流れないように工夫されています。これは、チキソトロピーの性質を持たせているからで、合成シリカ、特にフュームドシリカが重要な役割を果たしています。
フュームドシリカは、二次粒子がナノサイズの数珠状の形状を有してしるため、表面のシラノール基が剥き出しになっているため、互いの水素結合により非常に凝集しやすく、これらヒュームドシリカを塗料に分散させると、水素結合と、見かけの固形分濃度上昇のため塗料の粘度が上がります。
水素結合の結合力は10〜40 kJ/molの間であり,ファンデルワールス力(1 kJ/mol程度)よりは強いが,共有結合(500 kJ/mol程度)より弱く,室温で可逆的な結合・解離が可能です。6)このため、攪拌等のシェアをかけると一時的に水素結合の結合が切れて粘度が減少し流動性が生じます。一方、攪拌を止めると再び、水素結合どうしが結合し粘度が増加します。
このように、フュームドシリカの水素結合により塗料にチキソトロピー性が付与されることで、かつ攪拌時には流動性が高く、塗装したときには液だれしにくい性質を付与することができます。

こちらに、フュームドシリカによるチキソトロピー性の解説動画7)があります。
英語ですみません。
Fig5にフュームドシリカによるチキソトロピー性付与のイメージを示します。

Fig5.フュームドシリカによるチキソトロピー性付与のイメージ
水系塗料への展開
水系塗料(水性塗料、Waterborne Coatings)とは、水を主な溶媒とする塗料であり、溶剤(VOC)を大幅に低減した環境配慮型塗料として注目されています。建築、自動車、工業、木工、家電など幅広い分野で利用されています。
表面処理シリカとは、シリカ粒子の表面に有機官能基やポリマー、界面活性基などを化学的に導入し、親水性/疎水性・分散性・樹脂適合性を調整、耐薬品性等を向上させた材料です。
水系塗料では、親水性または両親媒性処理されたシリカが主に使用されます。

Fig6.疎水性シリカの特長8)
以下に、水系塗料に対する主な利点と機能について示します。
分散性の改善:水と親和性のある官能基処理により、ミル分散が容易。凝集や沈降が抑制される。
透明性の向上:微粒子でかつ屈折率の近い樹脂と相性良好な処理 → 光散乱を抑制し白化を防止。
艶消し効果の安定化:凝集を抑え、粒径が均一に分散するためマット性が一貫して再現可能。
耐水性の付与:疎水性官能基(アルキル、シラン系など)により吸湿・吸水を低減し、塗膜の白化を防ぐ。
耐擦傷性の強化:均一に分散した硬質粒子が塗膜表面を強化し、傷や摩耗から保護。
塗膜の滑り性改善:表面滑らかで球状の粒子処理により、指触りの良さ・防汚性を高める。
耐薬品性の向上:疎水化シリカゲル添加により、塗膜の耐薬品性が向上します。
このように表面処理シリカは、撥水性を持つため、耐薬品性・耐汚性などを向上させることができます。また、塗料中に配合されるその他の組成物との反応を抑える効果があり、塗料の貯蔵安定性の向上にも寄与します。更に、水およびO/Wエマルジョンへの濡れ性を向上させ、水性塗料への均一分散を容易にすることができます。
シリカと表面処理剤
艶消し用途では、微粉末シリカゲル、沈降性シリカがよく用いられ、これらシリカをシリコーンオイル、ポリエーテル、アミン系、シランカップリング剤を用いて、分散性を向上させた製品があります。
一方、増粘に使用されるフュームドシリカには、メチルトリメトキシシランなど疎水処理をさせ、撥水性付与したものがあります。疎水処理により、水素結合が消失して、増粘効果が減少しますので、チキソ性制御として用いる場合は注意が必要です。
また、球状シリカでは、シリコーンオイル処理、アルキル処理 滑り性・防汚性・艶消しの均質化を向上させた製品があります。
水系塗料において表面処理シリカは、艶消しの均一性と安定性、分散性と透明性、耐水・耐摩耗性を向上させるという特長があります。
シリカの表面処理の詳細については、解説記事「シリカの表面処理」を参照ください。
まとめ
微粉末シリカゲルおよび沈降性シリカは、艶消し用途において広く使用されています。これらのシリカは、添加量の調整によって光沢の度合いを自在に制御できるため、塗料の艶消し設計において不可欠な機能性材料となっています。
まさに、「艶消しといえばシリカ」と言われる所以です。
フュームドシリカは、塗料にチキソトロピー性(擬塑性)を付与するために不可欠な材料です。塗料は、かき混ぜたり塗布したりする際には粘度が低く作業性に優れる一方で、塗布後には粘度が速やかに上昇し、垂れや流れを防ぐ必要があります。
このような粘度挙動の制御において、フュームドシリカは極めて重要な役割を果たしています。
また、これらシリカを表面処理したものは、水系塗料の艶消しに用いられていて、 極めて重要な役割を果たしています。
弊所は、各種シリカに関して豊富な知見と経験を有しており、これに基づき、お客様の用途やご要望に応じた塗料向けの最適なシリカおよび表面処理剤のご提案が可能です。
塗料におけるシリカの選定や活用方法でお困りのことがございましたら、またはお困りの方をご存知でしたら、ぜひお気軽にご相談ください。
参考文献
1)株式会社プランニングK https://www.puraningk.jp/blog/4310
2)日本産業規格JIS K 5600-4-7 : 1999 塗料一般試験方法− 第4部:塗膜の視覚特性− 第7節:鏡面光沢度
3)株式会社ミスミグループ本社 表面粗さ(JIS B 0601:1994, JIS B 0031:1994)より抜粋 https://jp.misumi-ec.com/tech-info/categories/technical_data/td01/a0185.html
4)日本産業規格JIS K 7375:2008 プラスチック− 全光線透過率及び全光線反射率の求め方
5)日本産業規格JIS K 7136 : 2000 プラスチック− 透明材料のヘーズの求め方
6)小野幸子やさしい物理化学入門(第14回・最終回) 化学結合と結晶 実務表面技術-78-5
https://www.jstage.jst.go.jp/article/sfj1970/25/5/25_5_235/_pdf
7)You tube Explain the Thixotropic Functions of Fumed Silica https://www.youtube.com/watch?v=7KuewgpfMcM
8)東ソー・シリカ株式会社 https://www.n-silica.co.jp/service/paint/
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