前回の記事では、合成シリカ中の金属不純物について解説をしました。
今回は、それら金属不純物をどのように抽出してどのような手法で求める方法、中でも前処理はシリカの金属不純物測定には非常に重要な操作となりますので、今回はシリカから金属不純物を抽出するための“前処理”を中心に解説します。
合成シリカ中の金属不純物
Table1にシリカゲルの金属不純物量一覧を示します。
Table1.シリカゲルの金属不純物一覧1)
SiO2 | 99.80% |
Na2O | 0.06% |
Al2O3 | 0.01%未満 |
Fe2O3 | 0.01%未満 |
CaO | 0.07% |
Pb | 検出限界未満 |
Cd | 検出限界未満 |
Hg | 検出限界未満 |
Cr6+ | 検出限界未満 |
シリカゲルは、合成シリカの一種で硫酸とケイ酸ソーダを原料として用いられるのが一般で、金属不純物はこれら原料からの由来となります。
また、医薬品や化粧品に用いられる合成シリカは、Table2のような規格があり、前処理方法も異なります。
Table2. 医薬品、医薬部外品、食品添加物に使用する合成シリカに対する試験項目
金属不純物の測定(前処理)
金属不純物の測定には前処理が必要で、フッ化水素酸によりシリカを除去して測定する方法、苛性ソーダや塩酸を用いてシリカから金属不純物を溶出させる方法があります。
フッ化水素酸による方法
ふっ化水素酸
フッ化水素酸(Hydrofluoric acid)は、フッ化水素の水溶液である。俗にフッ酸と呼ばれ、工業的に重要であるが、触れると激しく体を腐食する危険な毒物としても知られています。
フッ化水素酸はフッ化水素と共に、フッ素を含む多くの薬品、重合体(例:テフロン)および合成繊維の製造にも欠かせません。
ガラスを腐食する性質のため、フッ化水素酸はポリエチレンまたはテフロン容器に入れて保存されます。また、多くの金属も腐食します。特に硝酸との混合酸は酸に対し耐食性の高いタンタルなども溶解します。
通常は47〜48%(d=1.15gcm−3,27.6moldm−3)程度の水溶液として市販され、毒物及び劇物取締法の医薬用外毒物に指定されています。
濃フッ化水素酸は一般にガラス(SiO2)と反応して溶かすことがよく知られていて、シリカも容易に溶解させることができるため、シリカ測定の前処理にも使用されています。
フッ化水素酸を用いた分析は、JISK1150-1994シリカゲル試験方法2)、食品添加物公定書(微粒二酸化ケイ素)3)で指定されていて、化学反応式では次のように表すことができます。
SiO2+4HF→SiF4+H2O
このため、シリカ内では以下のような反応が起こっていることとなります。
SiO2+MO+4HF→SiF4+H2O+MO
ここでは、金属酸化物(不純物)は(MO)と表します。
処理方法
Scheme1にフッ化水素酸処理の流れ、Fig1にフッ化水素酸処理の概要を示します。
Scheme1.フッ化水素酸処理の流れ2)、3)
Fig1.フッ化水素酸処理の概要
シリカにイオン交換水または蒸留水をひたひたになるまで加えて、フッ化水素酸を加えます。
シリカの粒が大きい場合は、粉砕したものを用いる場合があります。
さきほど示した反応式から、シリカとフッ化水素を割合はモル比(MR)でシリカ:フッ化水素酸=1:4となるためそれをベースとして投入量を決めます。
その後、砂浴やホットプレート上にて180℃で加熱して、加熱により水分は水蒸気として、シリカ分は四フッ化ケイ素、過剰なフッ化水素は気体として放出され白金皿にはMOが残渣として残ります。
この白金皿を1000℃で焼成することでシリカ純度(シリカ%)を求めることができます2)。
このMOに硝酸や塩酸などの酸を加えて溶解させて、溶液を原子吸光光度法(Atomic Absorption:A.A.)や誘導結合プラズマ発光分光分析法(Inductively Coupled Plasma:ICP-AES)にてシリカ中の金属量を求めるのが一般的です。
また、この方法はシリカ純度を測定する方法として用いられますが、MOがフッ化物になっている可能性があるため、この場合、950~1000℃で焼成して酸化物にする必要があります2)。
フッ化水素酸の危険性、有害性
フッ化水素酸(フッかすいそさん、Hydrofluoricacid)は、フッ化水素の水溶液である。俗にフッ酸と呼ばれ、工業的に重要であるが、触れると激しく体を腐食する危険な毒物としても知られています。
人体には、接触により直接皮膚から入る経皮吸収とミストの吸入があります。
経皮吸収
フッ化水素酸は分子の大きさが小さいため、皮膚から内部組織に浸透されやすく、体内に入り込んで組織を破壊しながら内部に進行していき、最終的には骨に到達して骨も犯します。
40%フッ化水素酸を含んだ洗浄液に素手で接触して、その後簡単に水で洗浄したが、指の中での進行が止まらず、最終的には指の切断に至ってしまったという事例もあります4)。
皮膚に対する症状は、フッ化水素酸の濃度や接触時間によって変わってきます5)。
- 20%以下の濃度:24時間以降に症状が出現
- 20%~50%の濃度:1~8時間後に疼痛,紅斑が出現
- 50%以上の濃度:数秒で深部織まで障害
ミスト吸入
フッ化水素酸は、加熱するとフッ化水素ガスになります。このフッ化水素は空気中の水分と結びついて、霧(ミスト)となって人体に吸収されます。
フッ化水素は、眼、皮膚、鼻腔に対して極めて強い刺激性を示し、高濃度では、肺まで浸透して水腫や出血を生じることがあるため急性暴露ガイドライン濃度(Acute Exposure Guideline Level:AEGL)が定められています。
Table3. フッ化水素酸の急性暴露ガイドライン濃度(AEGL)6)
AEGLとは有害物質の公衆に対する閾値濃度のことで、AEGL-1~3まであります。
AEGL-1
いわゆる「不快レベル」で、感受性の高いヒトも含めた公衆に著しい不快感や、 兆候や症状の有無にかかわらない可逆的影響を増大させる空気中濃度閾値である。これらの影響は、身体の障害にはならず一時的で曝露の中止により回復する値です。
フッ化水素のAEGL-1 は、運動中の健康な成人 20 名を対象に行われた 3 ppm(範囲:0.85~2.93 ppm)での 1 時間 曝露試験(Lund et al. 1999)に基づき、この曝露で、気管支肺胞洗浄液中の炎症性パラメータの割合が上昇したことから当該曝露量が肺炎に関する閾値である ことが証明されています。
AEGL-2
公衆に避難能力の欠如や重 篤な長期影響の増大が生ずる「障害レベル」の、AEGL-3は公衆の死亡の増加が生ずる「致死レベル」の濃度閾値です。
フッ化水素のAEGL-2 値は、HF を 10 分間、ラットの気管に直接投与した試験(Dalbey 1996; Dalbey et al. 1998a)において、重篤な有害作用(肺症状など)が認められなかった濃度(950 ppm)に基づいていて、30 分間、1 時間、4 時間、および 8 時間の AEGL-2 値は、Rosenholtz et al.(1963)の試験において、 1 時間曝露されたイヌで、瞬目、くしゃみ、発咳が認められた濃度(243 ppm)に基づいています。
AEGL-3
いわゆる「致死レベル」で、公衆の生命が脅かされる健康影響、すなわち死亡の増加が生ずる空気中濃度閾値です。
フッ化水素のAEGL-3の 値は、Dalbey(1996)および Dalbey et al.(1998)の試験において、カニューレを挿管 して経口曝露させたラットで報告された 10 分間致死閾値(1,764 ppm)に基づき、30 分間、1 時間、4 時間、および 8 時間の AEGL-3 値は、Wohlslagel et al.(1976)の試験において、 マウスを 1 時間曝露して死亡しなかった濃度から導出しています。
要するに10m3の空間に170ml程度のフッ化水素が発生しただけで短時間で死に至り、95mlでは重篤な障害、わずか1mlでも人体に影響を及ぼすということになります。
対策
上述してきましたように、フッ化水素酸は、直接人体に接触しても、吸入しても重篤な障害を引き起こすため、取り扱う場合は次に示す対策を取ることが重要です。
- 取り扱いをフッ化水素対応のドラフター内で行う。
- 防護手袋(2重)
- 耐酸衣
- 保護めがね
- 防毒マスクの着用
Fig2. フッ化水素酸の取り扱いの一例
以下のリンク先の動画を見ればにフッ化水素酸の恐ろしさがわかると思います。
苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)による方法
医薬品に使用する合成シリカ(軽質無水ケイ酸、含水二酸化ケイ素)の測定(重金属、アルミニウム、鉄、カルシウム、ヒ素)を行うための前処理には苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)水溶液が用いられます。苛性ソーダは劇物に該当します。たんぱく質を非常によく溶かす性質があるため、皮膚に付着すると薬傷となります。特に、目に入った場合は失明するおそれがあり注意が必要です。
Scheme2に日本薬局方、医薬品添加物規格における前処理手順について示します。
Scheme2. 苛性ソーダによる前処理手順7)、8)
シリカサンプルに苛性ソーダ水溶液を加えて煮沸溶解させ冷却後、酢酸を加えて弱酸性に調整後、必要に応じてろ過して検液とします。
この検液で重金属、アルミニウム、鉄、カルシウム、ヒ素を比色定量法で測定します。比色定量法とは、溶液の色の濃さや色調を、標準溶液と比較して定量する化学分析です。
また、ナトリウムが大量に含まれているため、フッ化水素酸法で調製した検液のように直接機器分析装置で測定はできません。
塩酸による方法
化粧品や歯磨きなどの医薬部外品に使用する合成シリカの金属分析等(重金属、ヒ素、フッ素)を行うための前処理には塩酸が用いられます。塩酸は、劇物に該当します。
また、塩酸は皮膚や眼、呼吸器の粘膜を刺激、損傷し、 飲み込んで気道に侵入すると生命に危険のおそれがある。 長期、または、反復ばく露により呼吸器系、歯の障害を起こすことが知られています。
Scheme3に医薬部外品原料規格における前処理手順について示します。
Scheme3. 塩酸による前処理手順9)
シリカサンプルに塩酸水溶液を加えて煮沸させてサンプル内の金属分等を溶出させます。冷却後アンモニア水で弱酸性にしてろ過します。このとき、ろ液は検液へ、残留物については水洗を行い洗液はすべて検液として回収します。
処理液と特徴
シリカ中の金属元素を測定するための溶解液としてフッ化水素酸、苛性ソーダ、塩酸が用いられ、以下のように区分されています。
- フッ化水素酸:JISによるシリカゲルの分析
- 苛性ソーダ:日本薬局方、医薬品添加物規格
- 塩酸:医薬部外品原料規格、や食品添加物公定書
フッ化水素酸や苛性ソーダはシリカを完全に溶解できます。一方、塩酸ではシリカを溶解させることができず、シリカ表面に露出したものだけがカウントされて、シリカ骨格内に埋没しているものはカウントされません(Fig3)。
シリカ中の金属不純物を測定する方法としてフッ化水素酸を用いる方法が確実で、直接人体に取り込まれる食品やシリカ中の金属含有量の正確な値を知りたいときに用いられます。しかし、フッ化水素酸は毒性が強いため、防護、作業環境等測定のリスクが高いものとなります。
苛性ソーダを用いてもシリカは溶解できますが、加熱が必要であること、シリカが残存しているため酢酸の添加によりゲル化をしてしまう可能性があります。また、ナトリウムが大量に含まれているため、分析の障害になる場合があります。このような理由から、苛性ソーダを用いた検液は、製剤向けシリカに限定され、重金属、アルミニウム(比色定量)、鉄、カルシウム、ヒ素の分析にはこの方法が用いられます。
塩酸の場合、塩酸はシリカを溶解させることができませんので、塩酸と接液した部分からの金属溶解のみで、シリカ中(骨格内)に埋没したものはカウントされません。このため、食品や医薬品のように直接人体に取り込まれない医薬部外品にはこの溶出方法が適用されています。
医薬品、食品、医薬部外品に使用するシリカ中の金属測定法には差異はありますが、対象となるシリカの純度は非常に高いものとなるため、どの分析法でも安全性は担保されています。
処理試薬の危険性
前述しましたように、フッ化水素酸は毒物、塩酸、苛性ソーダは劇物として指定されています。
フッ化水素酸
フッ化水素酸は、皮膚に直接接触すると皮膚から骨まで浸透するため、高濃度の水溶液に指を瞬間に接触した場合、最悪の場合は指を切断しなくてはなりません。更に蒸気も非常に有害で、高濃度の蒸気を吸引した場合は、死に至る場合があります。
塩酸
塩酸は、飲み込んだり、皮膚、目への接触や吸入によって健康への悪影響があるため、取扱う際には換気、局所排気及び手袋、マスク等の保護具の着用が推奨されます10)。
塩素ガスは空気中でただちに塩酸ガスやミストとなります。このため、塩素濃度14ppm辺りで呼吸困難を発生し、40ppmとなると、ごく短時間で死亡するといわれています。つまり10㎥の空間に140ml程度の塩素ガスが発生しただけで呼吸困難になることになります11)。
苛性ソーダ
水酸化ナトリウムなどの強いアルカリにはタンパク質を分解する作用があり、付着したアルカリを完全に除かない限り、次第に人体組織の深部に及ぶ恐れがあります。特に眼に触れるとその組織を急速に侵し、視力の低下や失明を起こすことがあります。また、粉じんやミストを吸入しても気道に種々の程度の傷害を受けます。そのために作業室内の空気中のか性ソーダの粉じんまたはミストの許容濃度は2mg/m3(上限値)とされています12)。
このため、どの薬品を扱うにしても、適切な作業環境で適切な保護具を装着して作業を行うことは必須です。
毒物と劇物の定義
毒物と劇物の定義は、毒物及び劇物取締法(毒劇法)により明確に定義されています13)。
毒物
一般的な体格の大人(体重:60kg)が誤飲した場合の致死量が約3g以下で、医薬品、医薬部外品以外のものが指定されます14)。
劇物
一般的な体格の大人(体重:60kg)が誤飲した場合の致死量が約3~18gのもの、または人体に強い刺激性(皮膚腐食、粘膜損傷)のあるもので、医薬品、医薬部外品以外のものが指定されます14)。
まとめ
シリカの金属不純物量を測定するめには、シリカを溶解させる前処理操作が不可欠となります。溶解はフッ化水素酸を用いる方法、苛性ソーダ、塩酸を用いる方法があります。
フッ化水素酸はシリカをよく溶かし残渣にシリカは残りませんが毒性が非常に強く、触れると激しく体を腐食する。更に、フッ化水素ガスは眼、皮膚、鼻腔に対して極めて強い刺激性を示し、高濃度では、肺まで浸透し最悪の場合、死に至る危険性があります。このため、取扱にはかなりのリスクがあります。
苛性ソーダ用いる方法は、得られた検液を比色定量法により重金属、アルミニウム、鉄、カルシウム、ヒ素を測定します。また、ナトリウムが大量に含まれているため、フッ化水素酸法で調製した検液のように直接機器分析装置で測定はできません。
塩酸は、シリカを溶解させることができず、シリカ表面に露出したものだけが溶出されるため、シリカ骨格内に埋没しているものはカウントされません。
また、いずれの試薬も、人体に悪影響を及ぼす可能性があるため取り扱いには注意が必要です。
このように、シリカ中の金属不純物を溶解させる方法は一長一短あり、分析方法、分析対象物に応じた方法を選択する必要があります。
測定方法には原子吸光光度法や、ICP発光分析法のような機器分析によるものと、発色剤により発色させその発色度から濃度を求める比色定量法があります。
こちらについては、次回詳しく解説させていだだこうと思いますのでしばらくお待ちください。
参考文献
1)富士シリシア化学(株)サイリシアカタログより抜粋
2)シリカゲル試験方法JISK1150-19945.6.5
3)食品添加物公定書(微粒二酸化ケイ素)P.P. 854-855
4)林 顕秀ら ― 症 例 ―フ ッ化 水 素 酸 に よ る化 学熱 傷 の1例 皮膚 第40巻 第2号, 1998, 131-33
5)永田 誠ら フッ化水素酸による薬傷,皮膚病診療, 17:21-24, 1995
6)フッ化水素の急性暴露ガイドライン濃度(AEGL)https://www.nihs.go.jp/hse/chem-info/aegl/agj/ag_Hydrogen_fluoride.pdf
7)第十八改正日本薬局方 (令和3年6月7日 厚生労働省告示第220号)軽質無水ケイ酸 p.823
8)医薬品添加物規格(2018)p.219
9)医薬部外品原料規格 2021
10)(株)カネカGPS/JIPS 安全性要約書 塩酸 https://www.kaneka.co.jp/business/material/pdf/gps_jips_03.pdf
11)山田 佳之 安全スタッフ No.2399 p. 27 (2022) https://ce-fuedayamada.com/358/
12)日本ソーダ工業会 「安全なか性ソーダの取扱い」 p. 3 https://www.jsia.gr.jp/data/handling_01.pdf
13)毒劇物の判定基準 https://www.nihs.go.jp/law/dokugeki/teigi.html
14)花王プロフェッショナルサービス https://pro.kao.com/jp/product-support/law/02/#/
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