最近、打ち合わせの時に鉱物資源としての“シラス”が意外と通じず、時には魚のシラスと勘違いされることもあり、全国的には知名度があまりないことがわかりました。
シラスは、九州南部に分布する鉱物資源でみなさんも中学の地理でシラス台地として習ったことがあるかと思います。私は、宮崎で27年間暮らしていましたので、てっきり一般的に通用するものと思っていましたが、ご存じがない方が結構見受けられましたので、今回はシラスとシリカについて解説することにしました。
ちなみに、筆者は静岡市出身なので、幼少の頃からシラスは食べてきていて、特に生シラスなんかは大好物で、両方のシラスに大変馴染みがあります。
みなさんは、“シラス”と聞いてどちらのシラスを連想しますか?
シラス
シラスとは、漢字で白砂、白州とも表記され、日本の九州南部一帯に厚い地層として分布する細粒の軽石や火山灰です1)。
新生代新第三紀鮮新世から第四紀更新世にかけての火山活動による噴出物ですが、地質学においてはこのうち特に入戸火砕流による堆積物を指し、狭義では、約3万年前に姶良カルデラから噴出した入戸火砕流堆積物の非溶結部を指します。入戸火砕流堆積物の総量は約200km3と言われ、鹿児島県本土の約6割を覆っています。
シラスは透水性が良いためサツマイモの栽培に適していて、トップは鹿児島県の21万tで、全国のシェアの30%となっています2)。
透水性の良い理由として、噴火後の時間が短い上に堆積が厚く粘土化の進行が進んでいない。石英を主体とした風化に強い粒子で構成されているということが主な原因です。
透水性の良い理由として、噴火後の時間が短い上に堆積が厚く粘土化の進行が進んでいない。石英を主体とした風化に強い粒子で構成されているということが主な原因です。
シラス台地
シラスは、鹿児島湾北部を中心に薩摩・大隅両半島を広く覆うほか、北は熊本県人吉盆地、東は都城市・宮崎市方面にまで達しています(Fig1)。その面積は鹿児島で3,427km2、宮崎県で1,285km2を有し、それぞれ県本土面積の約50%、16%を占めます。
更に、シラスは分布面積が広いだけではなく、厚いところで比高100m以上に達する平坦な台地を形成しています。大隅半島中央部に位置し平坦面約80km2の笠野原台地や、鹿児島空港のある十三塚原台地は有名で、これらは鹿児島県や宮崎県では”○○原”(ハル、ハイ、バルと発音)と呼ばれています。シラスは、火砕流堆積物で構成される台地や丘陵には,新期の火山灰層等に覆われて主として非溶結部で構成されるいわゆる”シラス台地”と、非溶結部を欠く溶結凝灰岩台地に区分されます。更にシラス台地には単一の火砕流で形成されているものと、複数の火砕流で形成されているものとあり、後者の場合は降下軽石や古期火山灰・砕屑性の堆積層を狭在することが多いことが確認されています。
Fig1.南九州におけるシラスの分布3)
シラスは、自然の状態で20-25パーセントの水分を含み、水分量が増えると著しく強度が低下します。更に、比重が低いことと分散性が高いことから水に流されやすく、樹木などが剥がされて地層が露出すると急速に侵食される傾向があり、急傾斜の深い谷を形成するようなガリ侵食を受けやすく、更には地下水流に侵食されて地下空洞を形成することがあり、これが崩落するとシラスドリーネと呼ばれる穴や窪地が形成されます。このためシラスからなる急傾斜地は大雨などによってしばしば崩壊し土石流を引き起こしていて、古くから甚大な被害を出していてシラス災害とも呼ばれていました。
このため1952年(昭和27年)比較的早い時期に特殊土壌地帯災害防除及び振興臨時措置法の対象となり、斜面の崩壊防止対策が進められるようになり現在に至っています。
Photo1.シラス層4)
シラスの構造と化学組成
シラスは、結晶質、火山ガラス質、軽石質、粘土質で構成されていて、火山ガラス質にはシリカや酸化アルミニウムなどで構成されていて、斜長石や石英なども含まれます。
50-58パーセントの空隙を含んだ構造をしていて、有機物はほとんど含まれていません。更に、比重は1.3程度と軽く、粒子内部にも多数の微小な気泡が含まれており、粒子比重も2.30-2.50と軽く、引っ張り強度は小さく、複雑な粒子形状を呈しているためインターロッキング効果による特殊な剪断特性を示します。白色を呈するものが多いが、灰白色、黄褐色、灰黒色、淡紫色、淡紅色のものも見られ、金属不純物(酸化物)によるものです。
Table1. シラスの一般的な化学組成5)
シラスの一般的な化学組成は、シリカ(SiO2)が7割程度で次に、アルミニウム、鉄(2価)の酸化物、後は数%で鉄(3価)、Ca、Mg、Na、Kの酸化物が含有されています。興味深いところは、2価の鉄の含有量が圧倒的に多く、還元状態で形成されたものと考えられます。
シラスの利用
素材としての利用
自然状態のシラスを埋立に使ったものとしては、城山団地造成で出たシラスを水搬工法で与次郎に運んだ例が有名です。しかし、シラスは普通砂よりも液状化しやすいという実験結果があります。
また、昭和30年代には軽量コンクリートの細骨材として使われたこともありました。ただ、強度的に問題があり、その後のコンクリート高強度化により使用されなくなっていきました。
また、かつてはブラウン管の研磨材として使われたり、今でも細かい粒子のものは研磨剤やクレンザーとして使ったり、軽石をジーンズのストーンウォッシュに使ったりしています。
Photo2.ストーンウオッシュ加工とジーンズ6)、7
工業材料としての利用
かつてシラスは、様々な密度・粒径・鉱物特性が入り交じった状態で存在しているため工業資源として利用しづらいものでした。しかし、最近では工業資源として利用しづらかったシラスを、エアテーブルを用いた乾式比重選別によって、結晶質、火山ガラス質、軽石質、粘土質の4つの成分に高精度で分離することができることが報告されています。
分類による高付加価値化
Fig2にエアテーブルによる比重識別法の概要を示します。
エアテーブルとは気流分級法の一種で、多孔版の下から気流を通し、上面に原料が供給されるとき次のプロセスで1mm以上の結晶質の粗砂、1mm以下の結晶質の細砂、軽石、火山ガラス質の細粒と風化物の微粉に分けることができます。
1mm以上の結晶質の粗砂
1mm以上の結晶質の粗砂は、鋸刃状の部分に引掛かかります。このとき多孔版は回転振動しているため粗砂は多孔版の上の方に移動することで回収されます。
1mm以下の結晶質の細砂
1mm以下の結晶質の細砂は、孔から落ちることで回収されます。
軽石
軽石は、振動と多孔版の孔から噴出する気流による浮力により、多孔版より転げ落ちることで下方で回収されます。
火山ガラス質の細粒と風化物の微粉
火山ガラス質の細粒と風化物の微粉は、上昇気流により舞い上がるため、サイクロンや集塵機を用いることで分離・回収できます。
Fig2.シラスのエアテーブルを用いた乾式比重選別法の概要8)
この方法を用いることで結晶質はレディーミクストコンクリート(JIS A5308)用の細骨材として、軽石質は構造用軽量コンクリート骨材(JIS A5002)として、粘土質は陶器の原料として、火山ガラス質はさらに細かく粉砕することにより超高強度コンクリート用混和材として利用できるようになり、4成分への分離および火山ガラス質の微粉末化によって、シラスは物理的・化学的特性に応じた適材適所での高度利用が可能となっています。
Photo3.火山ガラス微粉末のSEM写真9)
シラスコンクリート
シラスコンクリートは、セメントと水が反応して作る水酸化カルシウムとシラスが、ゆっくりとポゾラン反応と呼ばれる化学反応を起こし、長期的な強度は普通コンクリートより高くなります(Fig)。
また、シラスコンクリートは対硫酸塩性が強く、海洋構造物や温泉地の基礎工事などの厳しい環境条件での高い耐久性が確認されています。
Fig3.シラスコンクリートの耐久性10)
ポゾラン反応
コンクリートは、セメント、水、細骨剤、粗骨剤に若干の空気により構成されて構造材料です。
ポゾラン反応とは,コンクリート中でガラス質物質(フライアッシュ,シリカフューム,火山灰等)がセメントの水和反応の進行とともに反応する現象です。
ポゾラン反応は次のような反応で進行して、ケイ酸カルシウム水和物とアルミン酸カルシウムが生成します。
Ca(OH)2+[SiO2 ,Al2O3]→ nCaO・SiO2・H2O(ケイ酸カルシウム水和物)
3CaO・Al2O3・6H2O(アルミン酸カルシウム水和物)
ポゾラン反応は次のように3段階で進行し、最終的に強固なポゾラン反応生成物とセメント水和物が形成されます。
Ⅰ.練り混ぜ後
高アルカリ雰囲気でSiO2、Al2O3が細孔溶液中に溶出します。
Ⅱ.初期(材齢28日以降)
溶液中のCa2+とSiO44-、AlO2-によりカルシウムシリケート(アルミノ)水和物がフライアッシュ表面に生成し、ポゾラン反応層を形成します。
Ⅲ.長期
ポゾラン反応層を広く形成し、細孔を充填する形でポゾラン反応が生成します。
ポゾラン反応生成物とセメント水和物は堅固に結合し、一体化しています。
Fig4.ポゾラン反応の進行イメージ11)
シラスタイル
シラスは、元来様々な密度・粒径・鉱物特性が入り交じった状態で存在しているため工業資源として利用し難いもので、更に、コンクリートに使用する場合、①含水率が高い、②比重が小さい、③粒度が細かい、④粒子形状が悪いといった欠点ありました。
鹿児島県工業技術センターと(株)ストーンワークスで共同開発されました「ゼロスランプ加圧成形法は、水無添加のままシラスとセメントを混ぜ、圧縮することで、シラス自体に含まれる水分でシラスとセメントを密着させることができます。この方法は、シラスを選別する必要が無い、水を使いませんから廃水も出ない、更に加圧だけですので、コストも低く抑えられるという利点があります。
更に、シラスタイルは、インターロッキング(噛み合わせ)により荷重分散を起こすことで高強度になります。
シラスタイルは、軽量で高強度、高い断熱性と保水性に富んでいて、温度上昇を抑制するため、ヒートアイランド抑制材料として用いられてます。
なかでも『シラス緑化基盤』は、上述した特長に加えて一般土壌と比較して養分を多く含まないことから、雑草の生長が遅くなります。また、下から突き上げるような『竹類・カヤ』を物理的にシャットアウトするため雑草管理を軽減することができます。このため鹿児島市電の軌道場の緑化基盤に使われていて、地産地消のモデルケースになっています。
Photo4.シラス緑化基盤の鹿児島市電軌道への施工例13)
シラスバルーン
シラスバルーンは中空シリカの一種です。
中空シリカとは、球状でシリカ層の内側に空気を有しており個体と気体の二重層を形成しているシリカでシリカバルーンやバルーンシリカとも呼ばれています。
また、ミクロンサイズのものはシラスマイクロバルーンと呼ばれています。
Fig6 中空シリカと風船
シラスマイクロバルーン
シラスを1500℃前後で短時間加熱すると、呼ばれる径が数100µmの球状の発泡体が得られます。発泡源は火山ガラス(シラス中の約8割)内に存在する結晶水です。
シラスの溶融と結晶水が一瞬で気化が同時に起こり、冷却によりシリカ層が形成されることでシラスバルーンになります。
Fig7. シラスマイクロバルーンの形成イメージ
シラスマイクロバルーンは連続生産をすることができ、上述した原理を用いた連続製造装置が鹿児島大学により開発されています。
Fig8.シラスマイクロバルーン連続製造装置14)
まず、乾燥して解砕した後125µmの目開きのふるいにかけて原料シラス(シラス)を得ます。
このシラスを空気に同伴させてライザー下部に挿入された内径6mmのステンレス管から噴出させます。
ステンレス管より噴出された原料シラスはライザー上昇中に急速加熱されて発泡し、サイクロン及びバグフィルターによって捕集され、このとき、発生した燃焼ガスはオリフィス流量計によって流量を測定した後、装置外へ排出。装置内は吸引ブロアーによって減圧状態に維持されています。
この方法を用いることで、直径5µm程度のきれいな球状を有したシラスマイクロバルーンを調製できることが確認されています(Photo5)。
Photo5.シラスマイクロバルーンの電子顕微鏡写真14)
シラスバルーンは、安全・安心の天然素材で白色、軽量、微粒という特長から現在は石鹸、洗顔料や洗剤、研磨剤、建材、断熱塗料や遮熱塗料などに利用されています。 また、軽量素材という特長を活かして、軽量樹脂の開発等も試みられています。
シラス多孔質ガラス
多孔質ガラスの一種で、名前の通り原料にシラスを用いています。シラスには、ガラスの分相を阻害してしまう酸化アルミニウム(Al2O3)が多く含まれるため、多孔質ガラスの原料に用いるのは難しいとされていました。しかし、宮崎県工業技術センターの中島氏をはじめとする研究グループにより、酸化カルシウム(CaO)を加えることで、この問題を解決できることを見出しました15)。
シラス多孔質ガラスの製法
先ずシラスに石灰やホウ酸などを加えて1300~1400℃で溶融し、CaO-Al2O3-B2O3-SiO2系基礎ガラス成形体を作成します。次いで、これを650~50℃の温度範囲で24時間~10日間熱処理し、CaOB2O3系ガラスおよびAl2O3-SiO2系ガラスに二相分離させます。前者は酸で溶けて細孔となります。これがシラス多孔質ガラスSPG(Shirasu Porous Glass)です。
Fig9.シラス多孔質ガラスの製法イメージ
シラス多孔質ガラスの特徴
シラス多孔質ガラス(SPG)は以下のような特徴を有しています。
・精密に制御された無数の連続した細孔(モノリス構造)が存在します
・細孔の大きさを0.1μmから50μmの比較的マクロな細孔に至る幅広い範囲で任意に設計が可能
・シャープな細孔分布
・圧力による細孔の変形がない
・優れた耐熱性(Max500℃)
・表面化学修飾により表面を親水化や疎水化、種々の有機官能基を導入することが可能
・機械的強度が非常に高い
・断熱性に優れている
・強アルカリとフッ酸を除く大部分の試薬に侵されない
Photo6.SPGの電子顕微鏡写真16)
Fig10.SPGの細孔径分布チャート16)
シラス多孔質ガラス(SPG)は商品化されており、宮崎県にあるエスピージーテクノ(株)で製造販売されています16)。
SPGの用途
SPGは均質な細孔を有しているため、ろ過膜をはじめ、乳化のデバイスに用いられています10)。
乳化とは別名エマルションといい、油や水分のように本来混ざり合わないものが均一に混ざり合う状態のことをいいます。このとき、水中に油滴が存在するエマルションを水中油滴型エマルションOil-in-Water type emulsion(O/Wエマルション)といいます。その反対で油中に水滴が存在するエマルションを油滴水中型エマルションWater-in-Oil type emulsion(W/O)エマルションといいます。
Fig11.SPG膜と乳化のイメージ16)
エマルションはそのままにしておくとすぐに壊れてしまうので、壊れないないように安定化剤が用いられます。
安定化剤は、親水性、疎水性両方の性質を持ち合わせています。
SPG膜を使用するととても均質なエマルション粒子が得られるため、抗がん剤の調製にも用いられています。エマルション系抗がん剤は、患部の部分まで到達して薬剤を放出しなければならないため、厳密な強度の制御が求められます。また、血管の中を通過するため厳密な粒子径の制御が求められます。
まとめ
ダジャレから解説してきましたが、従来シラスはわれわれの生活に対し厄介物でした。
この長年厄介者であったシラスが研究開発によって、コンクリート、タイルをはじめとする土木建築資材、シラスバルーン、シラス多孔質などファインケミカル分野向けの原料へと変貌を遂げています。
Fig12.シラス活用の発展可能性17)
また、上述した用途の他、将来的には、省エネルギー電化製品や自動車への実装、環境保全型農業、環境汚染防止材料への利用が期待され、検討が進められています。
今後、弊所も南九州への恩返しとして積極的にお手伝いできましたら幸いです。
参考文献
1)小山 雄生、小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』. “シラス(白色砂質)”. コトバンク. 2019年10月26日閲覧
2)作物統計調査 令和4年産かんしょの作付面積及び収穫量https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sakumotu/sakkyou_kome/attach/pdf/index-7.pdf
3)岩松 暉・福重安雄・郡山 榮(1989),シラスの応用地質学的諸問題. 地学雑誌,Vol.98, No.4, 379-400.
4)環境省 https://kyushu.env.go.jp/blog/2016/10/-10.html
5)松田 滋・一輝 久光 シラスの液状化とその対策工法.自然災雷科学特別研究研究成果no. A-49-1, p.74. (1974)
6)KURABOhttps://kurabo-denim.com/jp/news/detail.php?id=7
7)FAST RETAILING https://www.fastretailing.com/jp/glossary/429.html
8)鹿児島県工業技術センター成果発表会予稿集(2022)https://www.kagoshima-it.go.jp/kit2021/pdf/kenkyu_happyo/happyo_2020_102.pd
9)東京大学 工学部/工学系研究科 トピックスhttps://www.t.u-tokyo.ac.jp/topics/foe/topics/setnws_201707071013010610762006.html
10)インフラテック株式会社 https://www.infratec.co.jp/eco/eco4.html
11)一般財団法人カーボンフロンティア機構https://www.jcoal.or.jp/ashdb/ashglossary/pozzolanic-reaction.html
12)特許第4217807号 低コストのシラス加圧成形体およびその製造方法
13)株式会社ストーンワークスhttp://www.stoneworks.co.jp
14)半崎 伸司ら 鹿児島大学工学部研究報告第43号 気流層型シラスマイクロバルーン 連続製造装置の開発 p.102 (2001)
15)中島 忠夫ら シラスを主原料にしたNa2O-B2O3-SiO2-Al2O3-CaO系ガラスの分相におよぼす化学組成と熱処理条件の影響 日本化学会誌,(8),p.1231(1981)
16)エスピージーテクノ株式会社 https://www.spg-techno.co.jp/technology/spg/
17)鹿児島県工業技術センター シラス活用の発展可能性 (2013)
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