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シルセスキオキサン

シリカ

シルセスキオキサンとは、主鎖骨格がSi-O結合からなるシロキサン系の化合物で、[(RSiO1.5)n]の組成式で表されます。

単位組成式中に1.5個(1.5 = sesqui)の酸素を有するシロキサンという意味で、[Sil-sesqui-oxane]と称されます1)

シリカとシリコーンの中間

シルセスキオキサンは、シリコーンのなかまでT単位の構造を有しています。

シリコーンは、酸素置換数によって、それぞれM単位、D単位、T単位、Q単位と分類され、M単位は、官能基が1個(1官能性基)のため、ギリシャ語の接頭辞モノ(Mono)の頭文字を取っています。同じように、官能基が2個(2官能性基)の場合はジ(Di)で頭文字はD、官能基が3個(3官能性基)の場合はトリ(Tri)頭文字はTとなります。この法則でいくと、官能基4つの場合はテトラ(Tetra)となり、Triと重なってしまうため、石英の頭文字QuartzのQで表します。

ちなみにQ単位のみで構成されているものはシリカになります。

Fig1. シリコーンの形態と官能性基2)

シルセスキオキサンは、通常のシリコーンと異なり、T単位のみで構成されていて組成式は[(RSiO1.5)n]で表されます。 このためシリコーン(D単位)とシリカ[SiO2]の中間的な物質として位置付けることができます。

Fig2. シリコーン、シルセスキオキサン、シリカの単位と構造

また、酸素の個数に着目した場合、シルセスキオキサンはRSiO1.5、つまりケイ素原子(Si)1個に対して1.5個の酸素(O)で構成されていることになりますが、これは酸素の共有によるものでシリカがSiO2と表記される理由とも関係しています。

酸素原子の共有

ケイ素原子(Si)に結合している酸素(O)の数は、シルセスキオキサンは1.5個、シリカは2個と表されます。これは、酸素原子の共有によるためです。

共有とは文字通り共同で保有することで、化学の世界では元素や電子をお互いに保有するという意味です。 シルセスキオキサンでは、ケイ素元素1つに対して3つの酸素原子が結合しており、これら酸素は2個のケイ素と共有していることなります。従ってケイ素一個当たりの酸素原子の数は、3×1/2=1.5個となります。

Fig3. シルセスキオキサンにおける酸素原子の共有

一方、シリカの場合は、ケイ素元素1つに対し4つの酸素原子が結合しており、これら酸素は2個のケイ素と共有していることなります。従ってケイ素一個当たりの酸素原子の数は、4×1/2=2個となります。

ちなみにこの酸素元素と共有により、一般的にシリカはSiO2で表されます。

Fig4. シリカにおける酸素原子の共有

シルセスキオキサンの特徴

シルセスキオキサンは、シリコーンと同じくシロキサンと有機基を持ち合わせているため、耐熱性や硬さなどの無機的な性質と柔軟性や可溶性などの有機的な性質を併せ持っています。このため、完全な無機物質である不溶性のシリカとは異なり、各種の汎用樹脂と均一に相溶するので、樹脂の配合・調製・加工・成形などが容易に行うことができます。

種々の骨格構造を取ることができ、無秩序に結合しているランダム構造、ハシゴの形を形成しているハシゴ型、包摂構造を持つカゴ型、カゴの一部が欠けている不完全型、などが報告されています(Fig5)。

Fig5. シルセスキオキサンの構造1)

カゴ型構造の特徴

カゴ型構造のシルセスキオキサンは、Fig6に示すような効果があるため近年有機ー無機材料として注目されています。

Fig6. カゴ型シルセスキオキサン(T8)の構造とその特徴3), 4)

溶解性・融和性の付与

有機基(R)により樹脂や有機溶剤などへの溶解性、融和性を有しています。更に、様々な有機の機能性基を導入することができるので、その機能を反映させた材料設計も可能となります。

ポリマー化による機能化

結合基Xにより、高分子化(ポリマー化)ができ、長さや構造もコントロールすることが可能です。

ナノサイズの空間

カゴの内部はナノサイズの空間を有しており、この空間に分子を閉じ込めることができるため診断薬や造影剤や治療薬を入れたナノ粒子医薬品への応用が検討されています5)

耐熱、耐化学性

シルセスキオキサンのシロキサン結合(Si-O-Si)部分は、ガラスや石英などの無機物と同じ構造で、有機ポリマーの主鎖であるC-C結合やC-O結合よりも互いに引き合う性質(結合エネルギーが大きい)ため、耐熱性、耐候性、化学的安定性が高く、結合エネルギーが非常に大きくなります。このため、化学的に安定しており、耐熱性、耐候性に優れています。

低屈折率

高い分極率を持つシラノール基を持たないため低屈折率化に効果があります。

また一般には材料の低屈折率化に伴い熱や機械特性が低下する傾向がありますが、これら相反関係の両立が期待できます。6)

合成方法

シルセスキオキサンは、原料のトリアルコキシシランを加水分解させてゾル・ゲル法で合成されます。

Fig7にトリメトキシメチルシランを用いた合成スキームを示します。

第一段階では、加水分解によりトリメトキシメチルシランのメトキシ基(OCH3)が水の水酸基(OH)と入れ替わることでトリヒドロキシメチルシランになり、副生成物としてエタノールが生成します。

このとき、トリメトキシメチルシランのメチル基は有機基となり、トリヒドロキシメチルシランはT単位のシリコーンとなります。

第二段階では、トリヒドロキシメチルシランのシラノール基(Si-OH)は脱水縮合反応によりシロキサン(Si-O-Si)結合を形成します。この反応が他のSi-OHでも起こることによりT単位のシリコーンが脱水縮合を繰り返し、この反応はコロイダルシリカやシリカゲルなどの合成シリカが形成される過程と同じくゲル化により進行します。しかし、合成シリカと大きく異なる点は、メチル基(有機基)を有していてこの部分は反応しないことです。

Fig7. トリメトキシメチルシランを用いた合成スキーム

このようにシルセスキオキサンは、T単位のシリコーンの集合により、ランダム構造、カゴ型、ハシゴ型などの構造が形成されます。

これら構造制御は第2段階のゲル化をいかに制御するのかがキーポイントで、カゴ型シルセスキオキサンを例にもう少し詳しく解説します。

カゴ型のシルセスキオキサンの合成方法

カゴ型のシルセスキオキサンの合成方法は、トリメトキシメチルシランのような三官能性シラン(RSiX3)又はテトラエトキシシランのような四官能性シランの加水分解・重縮合反応により合成する方法や、不完全かご状シルセスキオキサンとトリクロロシランとの反応により合成する方法があります。

例えば、三官能性シランを有機極性溶媒及び塩基性触媒の存在下で加水分解・重縮合反応させることでかご状シルセスキオキサンを合成することができます。

Fig8. カゴ型のシルセスキオキサンの合成スキーム7)

カゴ型シルセスキオキサン(T8)に用いられる三官能基性シランには、メチル(Me)基、フェニル(Ph)基、ビニル(Vi)基などの有機基(R)、Xにはメトキシ基(OMe)、エトキシ基(OEt)が用いられます。効率よく合成するためには、これらRとXを組み合わせたものを有機性溶媒に溶解させて、塩基性触媒下で反応させることにより、T8のカゴ型シルセスキオキサンが得られます。

ちなみにT8とは、8個のT型の官能基性シランにより構成されていることを表しています。

しかしながら、いずれの方法も反応工程が複雑であること、過剰の水を用いているため重縮合反応後に水を除去する工程が必要となること、T-8シルセスキオキサン以外にT-10のシルセスキオキサンやT-12のシルセスキオキサンが同時に生成するため選択性に欠ける等の問題点があり、更には、合成時間がかかるわりには低収率であることが問題視されています。

このため、これら問題を解決するために三官能性シランの最適化や滴下などの添加方法の工夫などさまざまな合成方法が検討されています。

カゴ型シルセスキオキサンの同定

同定は、核磁気共鳴スペクトル法(29Si NMR)、赤外吸収(IR)スペクトル法などを用いることで同定できます。

核磁気共鳴スペクトル法

核磁気共鳴スペクトル法とは別名NMR法ともいい、核磁気共鳴 (Nuclear Magnetic Resonance)の略称です。ざっくりいうと 構成原子の置かれた環境を1つ1つ区別して調べることができ、原子同士のつながり方もわかる測定法です。

核スピンの励起エネルギーを測定する手法であり、ケイ素の場合は29Si核を観測することで、局所構造に関する情報が得られます。

NMRを用いることにより、前述したシリコーンの4つの単位(M、D、T、Q)が同定でき、更にはシルセスキオキサンの構造が同定できます。

例えば、カゴ型オクタメチルシルセスキオキサンの29Si CP/MAS NMRスペクトルは、-65.9ppmと-66.4ppmに強度比3:1のかご状構造に特有のシグナルを有していて、このスペクトルが観測されたシルセスキオキサンはかご状構造を有していることになります8)

Fig9. オクタメチルシルセスキオキサンの構造とNMRスペクトル9)

CP/MASとは分析および解析手法の略で、CPとは、交差分極(Cross Polarization)といい、感度の向上と測定時間の短縮をする手法の一つです。MASとは、Magic Angle Spinningといい、個体サンプルをマジックアングル(54.7°)で高速回転させて測定する方法です。

ちなみに12C,16O,28Si,32S などのスピン量子数がI=0の核種は典型核種といい、核スピンを持たないため核磁気共鳴を示さないためNMRの測定ができません。

このため、これら元素を測定するためには同位体が用いられ、Cは13C、Siは29Siの核種が用いられます。

NMR法の詳細について興味のある方は、以下のリンク先を参照ください。

NMRの基礎知識【原理編】
本記事はWEBに混在する化学情報をまとめ、それを整理、提供する化学ポータルサイト...

赤外吸収スペクトル法

赤外吸収スペクトル法は別名IR法とも言われ、物質に赤外光を照射し、透過または反射した光を測定することで、試料の構造解析や定量を行う分析手法です。

分子の振動や回転の状態を変化させるのに必要なエネルギー(赤外光の波長)は、物質の化学構造によって異なります。従って、物質に吸収された赤外光を測定すれば、化学構造や状態に関する情報を得ることができます。

また、データーの解析は、フーリエ変換法で行われることが多く、この形式のものをフーリエ変換赤外分光(FT‐IR)法といいます。

FT-IR法の詳細について興味のある方は、以下のリンク先を参照ください。

MST|[FT-IR]フーリエ変換赤外分光法

Fig10にオクタメチルシルセスキオキサンのFT-IRスペクトルを示します。

Fig10. オクタメチルシルセスキオキサンのFT-IRスペクトル9)

FT-IRスペクトルは、縦軸に吸光度(T)横軸に波数で表され、そこから、各結合の特有の波数がピークにより表わされ。これらの情報から構造を同定できます。

オクタメチルシルセスキオキサンは1270㎝‐1にδ Si-C結合のピーク、1120cm-1にν Si-O-Si結合のピーク、770cm-1にν Si-Cのそれぞれ特有のピークが観測され、ここからオクタメチルシルセスキオキサンの構造が同定できます。

シルセスキオキサンの用途

耐薬品性、耐熱性に優れた硬い被膜を形成することができ、更にはアクリルモノマーとの相溶性が良好です。

アクリルモノマーとは、アクリル系粘着剤の原材料です。アクリルモノマーは、コンタクトレンズ、プラスチックガラス、吸水性ポリマーなどにも使用され、このアクリルモノマーを選択し共重合することにより、必要な機能を持ったアクリルポリマーが合成され、粘着剤として使用できます。10)

Photo1. コンタクトレンズ11)

Photo2. プラスチックグラス12)

アクリル系粘着剤は、特に透明性、耐候性、耐熱性、耐溶剤性などに優れるため、液晶パネル、携帯電話や自動車などに広く使用されていて、シルセスキオキサンを混合したものは更なる、耐薬品性、耐熱性を示します。

またUV硬化可能であるため、耐熱性のない基材に対しても適用可能なため以下のような幅広い用途で使用されています。1)

  • ハードコート材料
  • 各種高分子材料の改質用添加剤、強化剤、耐熱性付与剤
  • 架橋剤
  • 各種基材の保護膜
  • 各種コーティング材料の改質用添加剤、コーティング材料用原料
  • 耐汚染性コーティング剤
  • 各種高分子材料の複合材料用原料
  • 低誘電率材料、絶縁膜材料
  • LED封止剤用原料
  • 光導波路用材料
  • 半導体封止材料
  • レジスト材料、ハードマスク材料
  • その他、光・電子材料

まとめ

シルセスキオキサンは、シリコーンのなかまでT単位の構造を有していて主鎖骨格がSi-O結合からなるシロキサン系の化合物で、[(RSiO1.5)n]の組成式で表されます。

単位組成式中に1.5個(1.5 = sesqui)の酸素を有するシロキサンという意味で、[Sil-sesqui-oxane]と称されます。

シルセスキオキサンは、シリコーンと同じくシロキサンと有機基を持ち合わせているため、耐熱性や硬さなどの無機的な性質と柔軟性や可溶性などの有機的な性質を併せ持っています。このため、完全な無機物質である不溶性のシリカとは異なり、各種の汎用樹脂と均一に相溶するので、樹脂の配合・調製・加工・成形などが容易に行うことができます。種々の骨格構造を取ることができ、無秩序に結合しているランダム構造、ハシゴの形を形成しているハシゴ型、包摂構造を持つカゴ型、カゴの一部が欠けている不完全型、などが報告されています。

シルセスキオキサンは、耐薬品性、耐熱性に優れた硬い被膜を形成することができ、アクリルモノマーとの相溶性も良好です。このため、アクリルモノマーを用いたコンタクトレンズ、プラスチックガラスの強化剤として用いられています。

また、カゴ型シルセスキオキサンは、プラスチックのフィラーに用いた場合次のような効果が期待できます。

シリカの無機骨格に由来した機械的強度の増加に加えて、特異的な立方体構造により熱的安定性、剛直性や、分子運動を抑制、高い分極率を持つシラノール基を持たないため低屈折率化に効果があります。中でも、材料の低屈折率化は、それに伴い熱や機械特性の低下することが一般的には問題ですが、カゴ型シルセスキオキサンを用いることにより、熱や機械特性を維持しながら、屈折率を低下させることができます。

参考文献

1) 東亜合成(株)https://onl.sc/qweAGVj
2)信越シリコーン https://www.silicone.jp/contact/qa/qa013.shtml
3)Merck https://www.sigmaaldrich.com/JP/ja/technical-documents/technical-article/materials-science-and-engineering/microelectronics-and-nanoelectronics/silsesquioxanes
4)Mayaterials http://mayaterials.co.jp/tech/sq/
5)中 建介 日本画像学会誌 58 (1), p. 94 2019
6)田中 一生ら 「ネットワークポリマー」Vol. 32 No. 5 p. 235(2011)
7)特許第6230165フォトクロミック硬化性組成物 p. 16
8)特開2007-015991 かご状シルセスキオキサンの製造方法 pp. 6-7
9)特開2007-015991 かご状シルセスキオキサンの製造方法 p. 11
10)日東電工株式会社https://onl.sc/6DkYXLK
11)一般社団法人 日本コンタクトレンズ協会https://www.jcla.gr.jp/
12) IUSELLSM https://buybox.iusellsm.com/index.php?main_page=product_info&products_id=65125

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